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他者と関わる上でもっとも重要なことは
他の人の目で見、他の人の耳で聞き、他の人の心で感じることだ。
アルフレッド・アドラー

 

職場でやばい人達は、何故かだいたい同じカテゴリーというかグループに収まっています。

 

この人たちの目線や心理は稚拙なので、当然ですが協調するべきものではありません。

 

1番やばい人はずーっと話し続けその時に共感を求めるています。

 

やはり感覚の鋭い人達は手早く離脱していますが、これが1番賢い方法です!

 

女性が共感を求めるのは分かりますが、男性が極度に共感を求めてくるのは不自然なので共感について調べてまとめています。

 

共感を求めることの問題点

共感と理解は異なるもので、共感は生じるものであって努力して得るものでは有りません

 

そのため共感が起こらない人にそれを求めることは「共感できないお前はだめな奴」という人格攻撃を行う口実になります。

 

所謂レッテル貼り

 

共感を押し付ける人は、潜在的に共感は理解よりも良いものだという思い込みがあります。

 

共感は心理的なものであり良いものだ、理屈は利己的なものであり悪いものだという考え方をしている人もいます。

 

問題は共感を簡単なものだと考えるために、出来ないのではなく単にやる気がないのだと受け止める事になります。

 

共感しない人は自分を拒否しているという極端な単純化に繋がり、結果共感しない相手に対して不寛容になり攻撃したり排除したりするわけです。

 

危険性

一番危険で気にくわないのは差異を過小視する傾向にある事、自分達は同じ感情を共有していると誤解し相手を理解したつもりになります。

 

急に親しげに距離を詰めてきて、相手が不気味に感じて退けば「あの人は閉じている」と非難して見たり…

 

理解したつもりになる事は、言葉を尽くして説明することを軽視している事になります。

 

また共感に妬みなどの非共感的感情反応(ネガティブな感情)が伴うと、不適切な社会的行動が現れやすいという研究結果があるようで、一緒に居ると普通に危険です。

 

所感まとめ

「共感欲求」と「承認欲求」は意味合いが近ですが、褒められたい・認められたい・共感してほしい、という承認欲求の肥大化が歯止めを効かせられなくなり、過度に共感を求めるようになります。

 

そもそも承認欲求の肥大はアドラー心理学の真逆の事柄なので生ゴミにも劣ります。

 

またこう言った人達に遭遇し共感を求められた場合、相手の意見を否定しないと言う事が重要ですが、

 

お互いに大人になってから考え方を変えるのは難しいので距離を取ることをお勧めします。

 

逆に他者のポジティブな感情に対する共感は、適切な社会的行動に対して効果を持つことが研究で明らかになって来たようなので、積極的に認知的共感を行っていくのが良いとされています。

 

対処法

上述した経験から、自分が身に付けた防衛策の1つを記事しました。

 

心理の防御的手法はいくつかあるので記事を追記していければなと思います。

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